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インドをパッケージツアーで旅行すると、毎日プレゼントされるものがある。
『ミネラルウォーター』だ。 今までに訪れた国では、それは買うものだった。 だが、インド。 ガイドブックをめくれば“買う時は栓が開いていないか確かめて”という記述がある。 「生水は絶対飲むな」と言われる国なのに。 『短期ツアーの客にうかつに倒れられたらマズイ』と考えた旅行会社の策略なのだろう。 ある時はガイドが、 ある時は特急列車の配膳スタッフが、 ある時はレストランのウエイターが、 ある時はホテルの案内係が、 「サービスだ」とミネラルウォーターのペットボトルを渡してくれた。 同じツアーの参加者がホテルのレストランにそれを忘れたら、 ウエイターがわざわざ部屋にまで届けに来てくれたという。 心暖まるエピソードじゃないか。 問題はそのペットボトルのサイズが全て『1リットル』だったということだ。 酷暑季なら、わかる。 でも、私がインドへ行ったのは1月下旬~2月上旬という地域によっては、 昼でもパーカーを羽織るような季節。水分をこまめにとる必要はないのだ。 みるみるたまってゆく水入りのペットボトル。 観光時は荷物を預かってもらえるとはいえ、どんどん重量の増えるバックパックは 気分も重くしてゆく。 水責め生活に疲れつつあったところに 「タージ・マハールにはミネラルウォーターを持ち込めません」とガイドに告げられた。 なんとなくホッとしたが、ガイドは次の瞬間にはこうのたまった。 「お客サマ!水の代金はタージ・マハールの入場料に含まれているので、中でもらえます!」 ああ、水商売・・・。 実際は単なる世界遺産のテロ防止なんだろうけれども、別の意味でクラクラした。 結局、3泊5日の旅で5リットルのミネラルウォーターを手に入れた。 飲用以外にも手洗い、うがい、歯磨きなど積極的に活用したが、 開かれることのなかったペットボトル達はあっさり空港で取り上げられた。 ちなみに、エアインディアの機内で出てきたペットボトルは 『200ミリリットル』というミニサイズだった。極端な国である。 ![]()
インドから帰国後、インド料理屋を何度か訪れた。
当分、カレーは食べなくてもいいや・・・と思った記憶があるにも関わらずだ。 そもそも、私はナンがそれほど好きじゃないし、インドに行く前はインドカレーより タイカレーを好んで食べていた。 我ながら「なんで、タイじゃなくてインドに行ったんだよ」とツッコミたくなってくる。 しかも、パンや麺類より米の方が好きだ。 台湾旅行に誘われた時、断らなければ良かったような気までしてきた。 そんな私なので、インド料理屋に2回行った後、カレーじゃなく“あの料理”を食べた方が いいじゃないかということに気がついた。 炊き込みご飯『ビリヤニ』だ。 話をインドに戻そう。 アグラからバラナシへ向かう寝台列車でオッサンが食事を配っており、 同じボックスの乗客が全員受けとっていた関係で、私にも手渡されたけど「20ルピー」と 言ってきたため返してしまったのが、そのビリヤニだったと記憶している。 乗車前に弁当を食べていたから、夜中に空腹で苦しんだというオチはなかったが、 弁当はマーガリンだかバターが挟まれた具なしサンドイッチとタンドリーチキンとゆで卵で 車内販売のオッサンのはビリヤニである。 実は私、りゅうほうのチャーハン写真がちょくちょくツイッターで流れてきたのが原因で、 神楽坂にわざわざチャーハンを食べに行ってしまった過去を持つ。 ようするに、ご飯ものへの執着は強いワケで 「ビリヤニ買えば良かったかな・・・」という気持ちが残ってしまったのだ。 チャンスの神様の前髪を掴み損ねたため、その後の食事はカレーばかりだったが、 国のインパクトが強烈だったこともあり、ビリヤニの存在は忘れていたし、 日本で適当に入った店ではビリヤニはメニューになかった。 そんなこんなで、思い出すまでに時間もお金もかかってしまったけれども ビリヤニを扱っているレストランを探して行ってみることにした。 しかし、そこは日本であれどもインド。 食事を待っていたら、隣席のカップルの食事中のスプーンが空中を舞い、 いきなりご飯粒だらけになる私。 まさか、炊き込みご飯を食べるだけで試練が与えられるとは思わなかった。 微妙な雰囲気になってしまった中、ビリヤニ登場。 味はスパイシーなピラフだが問題なのはその量。 いわゆるおしゃれカフェで女性に出される米の量の3倍くらいのボリュームだ。 中のチキンも結構、デカイ。 インド人もビックリである・・・というかスタッフはインド人が多かった。 ランチタイムでドリンクとサラダが付いて千円でお釣りをもらえたので、 十代男子には大歓迎かもしれないが、 年代も性別も違うので「もう、ビリヤニはしばらく食べなくてもいい」と本気で思いつつ 必死で完食した。 私の日本でのビリヤニ体験は‘おいしい’より‘苦しい’印象が強い結末となった。 だからだろうか「寝台列車のビリヤニはどんな味だったのだろう?」と未だに思い返してしまう。 普段、原発事故の影響を考えて暗くなりがちな私は 「あのビリヤニを食べるために再びインドへ!」と思いながら過ごした方が良いのだろうけれども、 冷静に考えればビリヤニの値段は20ルピー・・・日本円にすると40円弱である。 そして、実は同じボックスにいた白人女性がビリヤニを残していたのも見ている。 おまけに売られていたビリヤニの量はそんなに多くなかった。 となると、寝台列車の写真を1枚も撮っていないのをいいことに、 車内販売があった事実自体を脳内から抹消すべきなのではないだろうか。 ![]()
とうとう、インドへ行ってしまった。
「他のアジアの国では何ともなかったのに、インドだけはお腹を壊しました」 「パッケージツアーで出た食事以外は口にしていないのに、帰りの機内で高熱を出して、 成田に朝7時に着いた筈が点滴を受けることになり、空港から出られたのは夜7時だった」 誰に聞いても、マイナスな情報が出てくる国。 旅行会社にも「この国は本当に好き嫌いが分かれるんですよ・・・。 今回のコースはインドに慣れてきた頃にガンジス河へ行くので、 そこまでのショックは受けないと思うんですけどね」などと言われてしまう始末。 ショックって・・・。 実際に行ってみると、大きなトラブルこそなかったものの (下痢と列車の遅延は当たり前という認識)、その日を生きるために日本の都心部では 使うことのなくなった『何か』が必要な国だった。 バラナシで。 自由時間に1人でガンジス河を歩いていたら、あまりにも遠くへ行きすぎて 集合時間に間に合わなくなった。 そして、焦りのあまり、人とあらゆる乗り物が混ざりあって蠢く空間で方向感覚を失い、 集合場所である町中の駐車場への道を失念してしまったのだ。 2月とはいえ、日中は気温が上がるので暑さでボーッとしてくるし、 信号がないため、車のクラクションが絶えず鳴り響いてうるさい上にリキシャの勧誘もしつこく 冷静に物事が考えられない。 幸い、現地ガイドに電話する寸前になって道を思い出すことができたけれども、 もし記憶が戻らなかった場合、どうなっていたのだろう。 実は私の携帯はバラナシに入った後、電波は3本立っていたにも関わらず、 インターネットにまったく繋がらなくなっていた。 はたして、電話は繋がったのだろうか? 便利な生活と引き替えに失った『何か』。 自由行動になる前に 「道に迷うことはないだろうけれども、一応、目印を残しておこうかな~」と適当に撮ったため、 曲がりまくっているこの写真がなければ、パニック状態のままだったかもしれない。 ![]()
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